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Mamoru Oshii (2/4)

押井守(おしい・まもる) 映画監督
Ghost in the Shell

記憶を奪われた街

3.11震災以降、以前から一部見直されて来た首都機能移転構想や遷都論がますます高まっている。『機動警察パトレイバー2 the Movie』(1993)をはじめ、多くの作品のなかで、独自の国防論や戦争論を展開してきた押井監督の目には、首都機能を一手に抱える東京という街がどのように映っているのだろうか。

「そもそも、東京が港湾の街だってことをみんな忘れている。港湾の街というのは、海に向かって開かれているから、交易などの利便性は高いけど、そのぶん、リスクも高くなる。安全な首都を作りたいなら、内陸部に置くのがあたりまえでしょう。ということは、東京みたいな場所に、一つの国の中枢を置いてていいのか、っていう話。とはいえ、首都機能を数カ所に分散するなんていうのは、あんまり現実的ではないと僕は思っているけどね。」

「たとえば、東京の街を制圧しようと思ったら、東京湾に重量艦を一隻でも浮かべれば、東京23区くらいの主要機能はすべて射程内に入ってしまう。軍艦一隻、あるいは潜水艦でもいい。わざわざミサイルを打ち込むまでもない。」

Edo Castle

「黒船のペリーはそのことを知っていた。だからこそ、横浜じゃなくて、東京湾を目指したわけで。あの黒船が蒸気船であったことの意味は、帆船では湾に入ることが難しくてできないが、蒸気船ならば可能だということ。自分の都合で相手の懐にぐいぐい入っていくことができる。そうして、江戸城だけでなく江戸の街全体を艦載砲の射程内にやすやすと入れることができた。今でもその状況は変わっていない。」

しかしながら、ひとたび東京の街に上陸してしまうと、そこに軍事的に攻略すべき「本丸」は存在しないのだという。だから、闘争しようにも標的がない。それは、この街がそもそも「戦争」や「防衛」という視点にたって計画、建設されていない珍しい近代都市だからだ、と彼は分析する。

「ヨーロッパの多くの都市は、それ自体が要塞になっている。それは都市の誕生によって戦争が成立してきた長い歴史のため。都市が誕生しなければ、戦争は成立しなかったわけで、それまでの戦争というのは単なる殺し合いや殴り合いの喧嘩にすぎなかった。都市ができたからこそ、闘争に目標やテーマができたのだし、同時に戦争を終結するためには、都市の制圧が不可欠になった。だからこそナチスはモスクワを目指したのだし、連合軍はベルリンを目指したのだから。」

「ところが東京という街は、第二次世界大戦時に確かに焼け野原にはなったけれども、そこで激しい地上戦が行われたわけでもないし、本当の意味で占領統治されていたわけでもない。もともと連合軍には、東京という都市を攻略する方法がわからなかったんだろう。フラットで、段階がなくて、だーっと広がる平野みたいな街だから。だからこそ、街をまるごと焼き払い、遠くはなれた広島・長崎に原爆を落として降伏させるという手段をとった。」

「つまり東京は、戦争というテーマを持てない、または持ったこともない、世界的にも希有な都市だということ。明治維新だって無血入城だったわけだし、江戸幕府開脚以降、東京が戦場になったことはない。ただ、空襲があっただけ。それに対する軍事的な想定や防衛があったこともなく、終わってみれば、関東大震災と空襲は同じように、突然襲ってきた天災みたいなものだった。そして焼け野原の跡に、また無防備な都市がふたたび作られた。それが東京という街です。」

Sumidagawa

東京は20世紀に、誰も望んでいないスクラップ & ビルドを2度も繰り返した。マグニチュード7.9を記録した関東大震災(1923)によって、そして、そのわずか約20年後には米軍による関東大空襲(1944年〜45年)によって、20万人以上の死者を出し、東京は原型を留めないほどの打撃を受けた。私達が今目にしている東京の姿は、誰かが綿密に計画したものでも、憧れ描いたものでもなく、ただ、そこにいる人々が生き延びるため「記憶」ごと塗り替えられた都市なのだ。

「もし、東京にまだ情緒というか、古い記憶を留めているような場所が、強いてあるとするなら、映画のなかでも描いてるんだけど、湾岸ということなんですよ。海っぺりっていうかさ。あそこだけは、いまだに一種のなんていうか、東京が東京足り得る「情緒の根拠」みたいなものがある。黄昏れてくると、東京の記憶、一番古い記憶が蘇ってくるような気がする。それ以外ではあんまり思いつかない。」

「基本的に東京っていう街が、それほどセクシーなのか、情緒がある街なのかっていう話なんだけどね。情緒っていうのは、どんな都市にもかならずあるはずなんですよ。ヨーロッパの場合だと、象徴的に街のなかに広場があって、真ん中に教会があって、っていうフォーマットのなかに日常の情緒を見いだせたりするんだけど、東京の場合は、それがないから。広場なんか、どこにもないから。ニューヨークに住んでる人間にとってのセントラルパークとかさ、そういう思い入れのある情緒みたいなものが、東京にはない。情緒としてのヘソすらない。」

「極論すると、東京という陸地には、ほとんど会社と飲み屋しかないというか、あとはショッピングモールの固まりだけみたいな。だから強いて言えば、そういう街の外周というかさ、端っこの部分だけに情緒がまだ残っているんじゃない。陸の部分はもう記憶ごと溶けちゃってて判らなくなってるから、はっきりとしたギャップとして残ってるのは、波打ち際だけなんじゃないの、っていうね。そこには東京という街が成立した根拠というのが、黄昏時になると蘇ってくるような気がするね。」

(取材•文 飯干真奈弥)

  Tokyo Bay
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