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Mamoru Oshii (4/4)

押井守(おしい・まもる) 映画監督
Ghost in the Shell

風景とは愛の残像

東京に生まれた人間にとって、東京は故郷と言えるのか。生まれ育った大森で高校時代までを過ごした押井監督にとっても、その問いに答えるには複雑な気持ちを隠せないようだ。現在も、自身の母親が暮らしているというその街について、決して自分から帰りたいところではない、と話す。

「僕らの世代にとって幼年期っていのは概ねつらい記憶なんですよ。食べ物もないし、子供にとってはしんどい時代。たくさん苛められもしたし、リンチなんてよくあることだった。自分は不幸だとかは思わないけど、なんとなく、この街を出ることをテーマにして生きて来たと感じる街だね。うん、戻りたくない場所のトップ3に入ると言っても過言ではないですね。」

「少年時代の自分に再会するなんて、郷愁でもなんでもない。過去の自分に再会するなんてとんでもないよ。人間じゃなかった頃の自分に会いたくないし、すみやかに忘れたいね。若返りたいという願望なんかないし、昔の自分をほめてやりたいとかまったくない。むしろ殴ってやりたいくらいだ。」

「だから子供の映画は基本的にきらい。そもそも、こうありたかった青春とか幼年期とか、そういうものはすべて妄想であって、だから映画作るんだよ。トリュフォーの『大人は判ってくれない』とか、トルナトーレの『ニューシネマパラダイス』とか、ああいうのは全部嘘だからね。あからさまな。僕も監督だからよくわかる。真っ赤な嘘だな、って。嘘でなければ映画にならないから。嘘をつく以上は、他人にとって面白い嘘をつかないと何の訳にもたたない。それが僕らの仕事だから。」

Mt.Fuji

記憶はしばしば、嘘をつく。人々の願望や感情が、脳に宿る記憶のデータを無意識に書き換えるからだ。それをあえて意識的に映像化して見せる押井監督のような映像作家にとって、風景や場所というものはつまり、共通した記憶のなかにだけ存在する、儚い残像のようなものであるようだ。

「人が場所を認識するということは、常に愛するなにかとセットになっているものなんですよ。たとえば静岡県人ならば、みんな富士山をこよなく愛しているから、お互いによく知らない人間でも、富士山の話をするだけでなにか意思の疎通ができる気がする。どんなに仲が悪くて喧嘩ばかりしている夫婦でも、愛する我が子の話をすれば共通の話ができる。あの子の話をできるのはあんただけじゃないか、ということになる。そういうものを持てるかどうかが重要なんだよ。」

「残念ながら、実際の物理的な場所や風景というのは時間とともに失われていく。道路もいつか違う道になるだろうし、富士山だって、もしかしたら永遠じゃないかもしれない。富士山がとりあえず永遠そうだ、って思えるだけの話であってね。」

「たとえば、ガブ(2007年に亡くなった愛犬。 監督作品にもしばしば登場したバセットハウンド)の話でいえば、あの子は生まれて死ぬまで僕の自宅がある熱海で生きたわけだれども、居なくなった今でも、ああ、いつもここで腹出して転がってたな、とか、家の中でもそういう風景はあるわけで。「家」という場所に対するこだわりっていうのは、その家のなかで愛するものと過ごした時間や記憶とセットになっているものだからね。」

「だから死んだ犬や猫に対する愛着っていうのも、ある場を共有した、ある時間を共有した、という記憶のことを指している。それが辛ければ引っ越すし、愛着がある限りそこを移りたくないという表裏一体の気持ちがある。辛いと思っている間こそが覚えている証拠であって、辛さをわすれたら、その記憶を忘れるということ。するとその子(犬)は今度こそ本当にいなくなるんだよね。」

Hakusan Shrine

「死んでもなお居る、ということは、痛みとして残っているということ。喪失感が続く限り、記憶の中に生きている、自分のなかに生きている。だから、それを何かで埋めてようとしはいけない。場所や風景についても同じことだ。」

そのガブリエル亡き今では、週末になると、愛犬のサラと熱海の自宅周辺を散歩するという押井監督。朝夕とかならず散歩するコースがあるという。

「自宅の裏にある伊豆山神社という地元では有名な観光スポットとなっている神社の裏のところに、実はあんまり知られていない奥の院(白山神社のこと)があって、まるでトトロが出てきそうなあやしいところなんです。朝は霧がたちこめているし、奥にあって、ほとんど人が寄り付かないような場所。」

「表には一応神域です、とだけ書いてあるが大きな目印などもない。“神様が居る場所だから清浄に保ちましょう“、とだけ書いてあるだけ。僕は個人的に「ぽんぽこ神社」とよんでるんだけど、サラとの散歩ではそこを必ず通る。言ってみればその場所は、共通の記憶、彼女の記憶を込めてもいい場所かな、と思う。」

最後に、愛する女性との記憶についても聞いてみた。

「(離れて暮らしていた)自分の娘と初めて二人で会ったのは、彼女が小学校にあがるまえ頃かな。上野公園だった。その後、20年ぶりくらいに新宿にある凡庸な喫茶店で再会したときは、いきなり大人になっていてびっくりしたのを覚えてる。ただ、 ドラマティックなことはなにもなかった。“何にする?”、“じゃあ私はコーヒー”みたいな感じで。再会なんて、そんなもんだよ。映画みたいにはいかないんだよ。」

「今でもよく覚えてるのは、ちょうど河口湖の湖畔にあるスタジオで「イノセンス」の音楽のトラックダウン作業をしていたところへ、彼女が急にひょっこり遊びに来たときかな。翌日の朝、泊まっていた部屋のベランダから庭を眺めていたら、遠くを娘が歩いていたんだけど、とても霧が深いところをよく眼を凝らしたら、その隣に若い男が一緒に歩いているのが見えた。それが今の彼女の旦那(作家の乙一氏)なんだけどさ。そのとき、せっかく彼女と再会したものの、もう別れが近いなって悟ったのを覚えてるよ。」

そう言って、嬉しいような寂しいような表情を見せた押井監督。最後に打ち明けてくれた愛の残像は、やはり映画のワンシーンのようだった。

(取材•文 飯干真奈弥)
  Hakusan-Jinjha
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