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Dice Tsutsumi (3/4)

堤大介(つつみ・だいすけ) アートディレクター
Toy Story 3

忘れられない色

アートディレクターは、色に関する専門家だ。日常において、私たちが気にも止めないような微妙な色の違いや変化に、堤氏が人一倍敏感なのは当然かもしれない。しかし、それだけで映画は作れない。色の個性を生かし、観客の情動を動かしたり、コントロールしたりするには論理と経験が必要になってくる。

「たとえば、映画のなかでストーリーのダイナミクスを作るために、全体を俯瞰で見て、この色をピークへ持って行くなら、いまこの場面ではどう使うべきか、というような組み立て方をするわけです。ピーク時に一気に使うまでは、その色を小出しにするとか。最終的にストーリーをサポートしてこそ、色は生きてくるので、ただ単に“ああ、きれいだなー”とかいうのではだめ。それでは、映画を作る意味が無いんですね。とくにピクサーには凄いアーティストが揃っているので、論理的に自分の色彩感覚が説明できないとみんな納得してくれません。」

「アートディレクターによって、色の選びかたは自分の感覚優先であったり、論理的な組み立てを行ったり、それぞれ方法論が違います。僕は論理を結構用いるほうですね。でもそれは、論理のほうが正しいという意味ではなく、自分の感覚に頼っているからこそ、その感覚を客観視したいと思っているんです。ただ、方法論をもとに最終的にチョイスする色の種類とかは、やはり自分の感覚に拠るところが大きいと思います。そこは僕の個性になるのかもしれません。」

Toy Story 3

「色々な国の人と仕事をしてきましたが、自分の色彩感覚はとても独特だと思います。それは、日本で生まれ育ったからこそ培ったものも大きいかもしれません。僕はいつも、光を追って絵を描くのをとくに意識しているのですが、例えば、単に〈曇り空〉といっても、いろんな色がある。夕焼けや朝日にしたって、いつも光が違うわけです。 カリフォルニアとニューヨークでも光は全然違いますし、もちろん、日本には日本独特の光があると思います。」

日本独特の光、と言って堤氏が思い出すのは、10年ほど前、能登半島を一人で旅したときに眼にした〈鉛色の空〉だという。〈鉛色の空〉とは、彼が敬愛する日本の作家、宮本輝の「幻の光」という短編小説のなかに出てくる有名な表現だ。夫の自殺によって子供と二人取り残された女が、能登半島の漁村に暮らす男と再婚して新たな人生を始める、その戸惑いや心の移ろいを、北陸の厳しい自然の色に重ね合わせて描いた名作である。

「ある時期、宮本輝の作品を貪るように読んでいたのですが、彼の故郷である大阪ではなくて、わずかな期間過ごした富山でのすごく苦しかった生活の様子が滲み出ている作品群の方がとくに印象に残っていて、いつか行ってみたいと思っていたんです。それで、ちょうど20代後半の頃に、念願だったアニメーションの仕事に就いたはいいものの、これから一人でどうやって生きて行ったらいいのか、急に心細くなった時期がありまして。恋人もなく本当にひとりきりで、周囲に頼る人が全然いない状態だったとき、ふと、あの小説の舞台に一人で行ってみようと思い立ったんです。」

「東京から新幹線で北上する途中、日本人なら誰でも知っている川端康成の『雪国』の冒頭の一文〈国境の長いトンネルを抜けると雪国であった〉そのままに、窓の外はものすごい雪が降りしきっていて。それはもう、当時住んでいたニューヨークのクリスマス前みたいなポジティブな雪じゃなくて(笑)、まさに〈鉛色の空〉から降ってくるように重たい雪なんですよ。その後、富山湾沿いの海岸へ行ったときなんかは、自分が悩んでいることすらかき消されるような‘どどーん!’という日本海の荒波の音に、ただただ圧倒されるだけでした。」

Teru Miyamoto

「そのうち、自分の当時の心境に、〈鉛色の空〉がぴったり重なってしまって、4泊目くらいからものすごく落ち込んできたのを覚えています(笑)。色々他にも観たはずなんですが、〈鉛色の空〉以外あんまり記憶にないくらいで……。今思うと、あれは自分の人生のなかでもかなり重たい旅で、いわゆる自分探し的な旅だったと思います。でも、あの旅のおかげで結果的には、まるごと“洗われた”ような気がするというか、人生の転機になったんですよね。もしかすると、日本海というのは、そういうところなのかもしれないですね。」

この禊ぎ(みそぎ)のような一人旅から数年の後、堤氏はピクサーのアートディレクターという大役に抜擢されることとなった。そして、18歳になるまで絵も描かず、英語も話せなかったという彼はいま、色というユニバーサルな言語を得て、世界じゅうの観客たちと映画を通じて〈会話〉をしている。

「結局、映画にとって重要なのは、観客と本当に〈会話〉をしたいかどうか、だという気がします。観る人に伝わらなくても自分らしい表現をしていれば満足、という人もいるし、人にこう感じて欲しいと思って作っている人もいる。それは、映画でも他のどんなビジネスでも 同じこと。結果的に、それがみんなの見たいものであればビジネスになるし、見たくないものはビジネスにならない。」

「ピクサーをはじめ、アメリカの映画が単にありきたりだから世界じゅうで受け入れられているのではないと思います。観客に媚びることと、伝えようと努力することとは全然違う。こちらでは多国籍の人間が沢山集まって、 それぞれが異なる文化背景のなかで〈会話〉をしようと努めるからこそ、よりユニバーサルな作品が作られるし、作られる必要があるんだと思います。」 

「でも、じゃあ多くの人に伝わらなかったら失敗か、といったらそうではない。数字という結果は別としても、自分の伝えたいことが一人でも伝わった人がいて、それで喜びを得られれば、それは大きな成功と言えると思う。ビジネスとして成功することと、作り手自身として成功するということは全く別のことですよね。僕個人としても、マスオーディエンスに向けてでなくてもいいから、自分が本当に伝えたいものをいつか作ってみたいという思いは常にあります。それは、ピクサーにおいてかもしれないし、自分の描く絵において、あるいはまた別のプロジェクトにおいてかもしれない。いずれにしても、誰かに伝えたいことがある限り、僕の〈会話〉は続いていくんだと思います。」

人は見たいものだけを求め、見たいものだけを信じる。だからこそ、誰かの心にそっと重なるように、ストーリーを色で語る人間の力が必要なのかもしれない。 生涯忘れられない特別な色をそこに発見したとき、言葉や文化をも超えた本当の〈会話〉がすでに始まっていることを、映画の旅は教えてくれるだろう。

(取材•文 飯干真奈弥)


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